最近注目されている「コーディネーション能力」って、聞いたことはありますか?サッカーや野球といった専門的なスポーツをする上で土台となるのが、十分な基礎運動とコーディネーション能力だそう。そこで、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)で、フィジカルコーチを務める広瀬統一先生にお話を伺いました。
幼児期は多様な運動をして、基礎運動をまんべんなく経験すること
ここ十数年、子どもの体力・運動能力は低下しているといわれていますが、傾向としては、運動能力が高い子と低い子が大きく二極化していると言えます。運動能力が低い要因のひとつとして外遊びの時間が少ないことが挙げられています。
コロナ禍でこれまで以上に家で過ごす時間が増えたこともあり、子どもたちの普段のふるまいを見ていると、走ったり、跳んだりといった運動レベルが落ちているようにも感じます。
従来であれば、十分な外遊びの中で経験できた、人の基本的な動きである“基礎運動”。大きくは下記の3つにわけられ、幼児期にはこれらの運動を経験することが大事です。
【基礎運動】
・体を移動する動き(移動運動) 例:走る、歩く、はねる、のぼる、泳ぐなど
・体のバランスをとる動き(姿勢制御) 例:立つ、まわる、ぶらさがる、のるなど
・道具や人を操作する動き(操作運動) 例:押す、引く、投げる、打つ、蹴る など
3つの運動は、1つのスポーツをしても、すべて経験できるわけではありません。ですので、幼児期は、さまざまな運動をして、基礎運動をまんべんなく経験することが重要です。そうすれば、動きの幅が広がり、それぞれのスポーツをする上での土台となります。
子どもの運動能力を育む過程は、大きな家を作っていくことに置き換えられます。大きな家を建てる時には、広い土地が必要ですよね。土地を作るというのが、基礎運動にあたり、さまざまな運動を経験することで、広い土地ができていくのです。この時に大事なのが、安定した土壌です。3つの基礎運動をまんべんなく経験すれば、土壌も安定してくるというわけです。
幼児期に広い土地と安定した土壌を作り、また、成長期も作り続ければ、専門的なスポーツ活動がしたい、すなわち家を作りたいと思った時に、大きな家も建てやすいですよね。家の部分が何か(どんなスポーツをするか)に関わらず、土地は必要であり、さらにその土地を広く安定したものにしていく意味でも、幼児期にさまざまな運動をして、基礎運動をまんべんなく経験することが重要です。
「コーディネーション能力」ってなに?
基礎運動を通じて、運動能力の土台を作っていくことと同時に、“コーディネーション能力”を高めていくことも重要です。コーディネーションとは合目的な運動を円滑に行えるようにすることを意味します。目的に合わせて体の動きを使いわける能力とも言えます。
例えばサッカーで「相手のボールを奪うこと」が目的だとしたら、それに合わせて、相手との位置関係や空間、スピードを認知し、相手の動きに対して自分の動きを変化させて目的を達成できる能力のことです。
コーディネーション能力は、細かく分類すると7つの要素に分けられます。
①リズムを変えたり、タイミングに合わせて動ける力(リズム能力)
②体勢を保ち、崩れた体勢を立て直す力(バランス能力)
③相手の空間や時間を認識する力(定位能力)
④手や足、用具などを上手に操作する力(識別能力)
⑤相手に合わせて反応する力(反応能力)
⑥相手に応じた動きや自分が意図した動きに変える力(変換能力)
⑦異なる動作をつなげていく力(連結能力)
7つの能力は個別のものではなく、1つの運動をする中で複合し、目的に合わせた運動を作りだします。
ここで大事なのは、7つの要素を知っておくことではなく、基礎運動ができたとしても、目的に合わせた運動ができていないと、運動能力は伸びにくいということです。また、どんな動きだとしても目的に合致していなければ、最終的にはパフォーマンスとして反映されないのです。
例えば、サッカーで「相手との距離が〇〇mくらいの時は、自分の体の前でボールをとりなさい」と教えられたとします。小学生の間は、その方法でボールがとれたとしても、中高生になって全体の運動スピードが速くなった時には、自分の体の前では、ボールがとれないかもしれませんよね。
自分で判断したり、考えることをせず、いつも教えられたとおりの動きをしている、すなわち、状況や変化に合わせて動けていないと、先の例では、常に自分の体の前で足をだそうとするので、簡単にかわされたり、抜かれたりと失敗してしまうのです。また、毎回失敗したとしても、その原因が教えられたとおりの動きをしているからだと気づかないことさえあるでしょう。
ですので、目的に合わせて、自分で考えて、状況に応じた運動ができるようになること、すなわちコーディネーション能力を身につけることが大切なのです。
コーディネーション能力は9~12歳が伸びやすい?
コーディネーション能力は神経系(神経回路)の能力なので、一般的には9~12歳くらいまでが伸びやすいといわれています。けれど、決してそれ以降、伸びないわけではありません。実際に、大学生でコーディネーション能力を高めるトレーニングをしてパフォーマンスが大きく変わることもあり、いくつになっても高めていくことが可能です。
ただ、1つのスポーツに特化すればするほど、コーディネーション能力を高めるトレーニングにかける時間がとれなくなるものです。ですので、幼児・児童期のうちからコーディネーション能力に着目し、さまざまな運動をして、その能力を高めておくといいのではないでしょうか。
子どものコーディネーション能力を測定する方法はある?
筋力なら握力や背筋力測定、スピードであれば50m走など、それぞれの体力や運動能力を測定する定型的なテストがあります。しかし、コーディネーション能力にはこのような定型的なテストは今のところありません。
例えばメトロノームを使ってリズムを維持したり、変換する能力を測ることはできますが、合わせるリズムを音で聞いた場合と目で見た場合では違った能力になり、この手法で測定したリズム能力が高かったとしても、その他の能力との組み合わせでコーディネーション能力は作られるため、それだけでは適切に評価できたとはいえないでしょう。
コーディネーション能力を測定するというよりも、いろいろな運動経験のなかで、動きの得意・不得意を観察したり、できない動きをどのようにできるようになろうとしているかを見てあげてください。チェックする上で最も大切なのは子どもの動きをよく観察することです。
コーディネーション能力を伸ばすメリット
コーディネーション能力は、身体を上手に使うための土台づくりに必要な能力です。ですので、子どもの頃から伸ばしていけば、運動能力は伸びやすくなるといえるでしょう。
スポーツは、毎回同じ条件下で行えることはほとんどありません。コーディネーション能力は、いろいろな課題や環境でも、目的に合わせた運動を行えるようにするために必要な能力です。ですので、とくにスポーツを頑張っている子どもは、コーディネーション能力を伸ばしておくことで、いろいろな条件の中で力を発揮しやくなるといえるでしょう。
氷山をイメージしてください。子どもたちが行っているスポーツのパフォーマンスは、いわば海面の上にみえる氷山の一部です。この部分を大きくするためには、海面下の氷山部分を大きくする必要があります。この部分が基礎運動の幅広さや、コーディネーション能力だといえます。子どもの頃からコーディネーション能力を伸ばしていけば、氷山のみえない部分を養うことにつながるのです。
いかがでしたか?前編では、幼児期にさまざまな運動をすることの大切さ、基礎運動とコーディネーション能力の基礎知識についてお届けしました。後編では、身近な遊びを通じてコーディネーション能力を高める方法などをご紹介します。
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取材・文:サカママ編集部 取材協力:広瀬統一(早稲田大学スポーツ科学学術院教授、なでしこジャパン[サッカー女子日本代表]フィジカルコーチ)