子どもにとって睡眠時間をしっかり確保することが、なぜ大切なのかを知っていますか?適切な睡眠時間やその理由、睡眠の質をよくする秘訣について睡眠・精神科専門医である上島医院院長の渥美正彦先生にお聞きしました。
<教えてくれた人>
渥美正彦さん
大阪市立大学医学部卒業。大阪警察病院(神経科)、国立病院機構やまと精神医療センター(精神科)、馬場記念病院(脳神経内科)、近畿大学医学部付属病院(脳神経内科)を経て、2004年6月から上島医院に入職。05年6月より同医院併設南大阪睡眠医療センター長、10年4月より同医院院長。日本では数少ない睡眠専門医であると同時に、チャンネル登録者12万人を超える人気医療系YouTuber。
子どもの理想的な睡眠時間とは?
子どもの睡眠の話をする前に、大人(成人)に必要な睡眠時間をご存知ですか?
日本では、「6時間以上」の睡眠が推奨されています。でも、睡眠の研究が進むアメリカでは、18~64歳で「7〜9時間」を推奨睡眠時間としているのです。
“毎日7時間以上なんて無理”と思われる方もいるかもしれません。でも、国際基準で見れば、十分だと思っている睡眠時間よりも「+1時間」は多く寝る必要があるのです。
では、子どもは何時間寝るのが理想的なのでしょうか。下記が、子どもにとって適切な睡眠時間と言われています。
■1~2歳児:11~14時間
■3~5歳児:10~13時間
■小学生:9~11時間
■中学・高校生:8〜10時間
小学生の理想的な睡眠時間は9~11時間ですが、この睡眠時間に達している子は少ないのではないでしょうか。というのも、日本は世界の中で最も睡眠時間が短い国で、22時以降に寝る子どもが先進国では最も多いという報告があるからです。
そのため、子どもの睡眠時間についても、先に述べた「+1時間」という意識を持つといいでしょう。小学生なら、半日寝るということもおかしくはないのです。時々、中高生を持つ保護者から「うちの子は8時間“も”寝てるんです」という言葉を聞くことがあります。でも、18歳以上になってやっと7〜9時間の睡眠が容認されるので、体つきは大人に見えても17歳までは8〜10時間の睡眠が必要ですし、11時間寝ても適切だと言えるでしょう。
寝る子は育つ!子どもの睡眠の大切さ
そもそも睡眠は生きていくために必要です。睡眠をとらないと、脳や臓器など全身の生命活動が保たれなくなります。また、体内に発生した活性酸素(老化や病気の元凶となる物質)が分解できずに毒素が溜まり、消化機能や認知機能が低下するとも言われています。
睡眠不足が続いてしまうと、アミロイドβという認知症の原因の一つと考えられる物質が脳に溜まってしまう可能性もあります。
一方、しっかり睡眠をとると、健康的に生きていくために望ましい物質がたくさん生成されます。その一つが、子どもの成長にもかかわる「成長ホルモン」です。そのため、「寝る子は育つ」と言われるのです。
成長ホルモンの分泌が高まるのはいつ?
「レム睡眠」「ノンレム睡眠」という言葉を聞いたことはないでしょうか。
睡眠中は、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しています。
ノンレム睡眠は、脳が休息している状態の睡眠です。
「ノンレム睡眠は、深い眠り?浅い眠り?」と疑問を抱く方もいるかもしれません。でも、実はその疑問自体が間違い。ノンレム睡眠は、眠りの深さによって3つの睡眠段階に分けられます。
①ステージ1(N1):うとうと、寝ているか寝ていないかわからない状態の浅い眠り
②ステージ2(N2):すやすや眠っている中くらいの眠り
③ステージ3(N3):ぐっすり、簡単には起こせない状態の深い眠り
成長ホルモンの分泌が促進されるのは、ノンレム睡眠のステージ3の時。睡眠の前半にステージ3は多いと言えます。
成長ホルモンは、子どもの発達はもちろん、細胞の再生・修復を促し、肌の弾力性やハリを保つ効果も期待できます。ただし、残念なことに40歳以上になるとステージ3の睡眠はほとんどとれなくなってしまいます。若者の特権とも言えるステージ3のノンレム睡眠は、子どもにとても大切な睡眠ですし、そのチャンスを逃すのはもったいないのです。
もちろんノンレム睡眠のステージ1、2も重要です。ステージ2は、サッカーが上手くなる、自転車に乗れるようになるなど、身体を使った学習を定着させる作用があると言われています。
睡眠と記憶学習の関係とは?
一方、レム睡眠は、身体は動かなくても、脳は活発に活動している状態の睡眠で、3つの特徴があります。
①夢を見る
脳が動いているので、リアルでドラマティックな実体験に近い夢を見ます。
②眼球が動く
眼球が素早く動く「Rapid Eye Movement=急速眼球運動」があることから、REM=レム睡眠と呼ばれるのです。
③筋肉がゆるむ
夢を見ているときに身体は動こうとするので、その刺激で目が覚めてしまわないように、筋肉がゆるんで麻痺していると考えられています。
夢を継続して体験することで、記憶の整理や定着が行われ、記憶学習が強化されることが認められています。学んだことを記憶し、忘れないようにうるためにも、レム睡眠は不可欠です。また、レム睡眠は生命維持に大きな役割を果たしている可能性があり、レム睡眠を継続することで寿命が長くなるという研究結果も。レム睡眠をしっかりとれば、長生きできて頭が良くなるというわけです。
子どもにとって睡眠時間の確保が大事な理由
正常な睡眠には順番があります。入眠すると、ノンレム睡眠から始まって、ステージ1→2→3と一気に深い眠りまで到達し、1時間ほど経つと徐々に眠りが浅くなり、レム睡眠へと移行します。個人差はありますが、眠りについてからレム睡眠が終了するまで約90分間、長い人では2時間程度のセットが一晩に4~6回繰り返されます。睡眠の前半にノンレム睡眠のステージ3が多く、後半になるにつれてレム睡眠が増えてだんだん眠りが浅くなり、目が覚めるというのが睡眠のサイクルです。
「最初に深いノンレム睡眠がとれるなら、睡眠時間は短くてもいいのでは?」と思う方がいるかもしれません。でも、睡眠の後半にレム睡眠が増えてくるので、睡眠時間を削ってしまうと、レム睡眠がとれなくなってしまいます。
ノンレム睡眠とレム睡眠、この2つをバランスよくとらないと、脳や身体は正常に機能していきません。そのため、何よりも先に述べた推奨される睡眠時間を確保することが大切なのです。
寝る前のスマホはNG? 睡眠の質を上げるコツ
子どもの成長のためには、十分な睡眠時間を確保することに加えて、睡眠の質も大事です。質のよい睡眠とは、レム睡眠とノンレム睡眠の約90分間のサイクルが正しく機能し、途中でぶつ切りにならない睡眠ができているということ。子どもの場合は就寝中にほとんど目覚めないというのが望ましい状態です。
睡眠の質をよくするためには、質を低下させている要因を減らすこと。中でも大きいのは、光と活動量による影響です。
子どもに「早く寝なさい」と言いながら、部屋の照明を明るい状態にしていたり、大きな画面のテレビを見ていませんか?
強いレベルの光を浴びていると体内時計は夜と認識せず、睡眠ホルモンとも呼ばれるメラトニンが分泌されにくくになってしまいます。
夜は、室内の照明を間接照明やダウンライトにして薄暗くし、テレビも小さい画面にするのがおすすめです。
光が強いスマホも日没後は使用時間を減らし、できれば就寝の1、2時間前からは使わないほうがいいでしょう。とはいえ、子どもから無理に取り上げてしまうと親子喧嘩になってしまうもの。まずは、スマホと目の距離に気をつけるといいでしょう。スマホが目に近いほど光の刺激が大きくなってしまうので、スマホスタンドなどを活用し、距離をとって見ることです。寝ながらスマホを触っていると、手が疲れてどんどんスマホが目に近づいてしまうので、寝ながらの使用は避けるように。
また、メッセージのやりとりやSNS投稿、ゲームなど能動的に指を動かす操作をすると、寝つきが悪くなってしまうので、寝る前は控えたほうがいいでしょう。
睡眠の質を悪化させないためには、日中、身体を動かすことも大事。身体の活動量が減ると、脳は深く眠る必要がないと勘違いするので、しっかり眠れなくなってしまいます。そうすると、疲れがとれにくくなり、さらに活動量が下がるという悪循環に陥ることも。また、体内時計が昼夜の差を認識しにくくなるのです。
今の子どもたちは、身体を動かすのが大好きなタイプと運動を全くしないタイプ、2つに分かれているのではないでしょうか。後者の子の場合、ある程度の運動をさせるように、保護者が働きかけることが大切です。
いかがでしたか?前編では、子どもにとって必要な睡眠時間や睡眠の質など基礎知識を紹介しました。後編では、睡眠にまつわる病気や対処法について解説します。