「わが子には、好きなことや夢中になれることを見つけてほしい」と願う親御さんは多いのではないでしょうか。いろいろな体験を通して、子どもの世界を広げてあげたいとそう考える一方で、どのように寄り添い、見守っていけばよいのか迷うこともあるかもしれません。今回は、保育者として20年の経験を重ね、「すべてこども中心」を理念に掲げる東京・町田市の『しぜんの国保育園』園長・齋藤美和さんに、そのヒントを伺いました。
<教えてくれた人>
『しぜんの国保育園 small village』園長・齋藤美和さん
編集者から2005年に保育の道へ転身し、2018年より『しぜんの国保育園 small village』園長に。「すべてこども中心」の理念のもと、食・自然・表現の3つを軸に、地域に開かれた園づくりを進める。さらに、WEBサイト『ほいくる』での連載「しぜんの国保育園 園長美和さんのわっしょい日記」をはじめ、子どもや暮らしをテーマにした執筆・インタビューも手がける。和光高等学校非常勤講師。
Instagram:@saitocno_m
親が“自分の好きなこと”を大切にし続ける
子どもが「これが好き!」と心から思えるものに出会えるよう、できることをしてあげたい。そう感じている親御さんは多くいらっしゃるはずです。ただ、「子どもが自発的に好きなものを見つけることは、実は簡単なことではないんです」と齋藤さんは話します。
「まずは大人自身が、自分の好きなことや大切にしていることをそのまま大切にすること。それが自然で無理のないサポートになると思っています。日々の会話や、家の中にあるものに、家族の“好き”が詰まっている。その世界観に触れることで、子どもの“好き”も育まれていくことが多い気がします」

つまり、“好き”という気持ちは、人との関係性や環境のなかで自然に生まれてくるもの。
「大人も、好きな人が薦めてくれた映画を観てみたり、好きな人の影響で新しいジャンルの音楽にハマったりすることってありますよね。『この人が好きなことなら、自分もやってみようかな』と思うのは、ごく自然なことだと思います」
親子で一緒に工夫して、一緒に楽しんでみる
齋藤さんが、子育てをするなかで大切にしていたことは、「まず買わない」こと。例えば「カードゲームがやりたい」と言われたら、まずは一緒に作ってみることから始めます。
「息子に『ギターをやってみたい』と言われたときも、まずはダンボールでギターを作ってみました。紙をギターの形に切って、色を塗るだけでも十分。『ギターってどうやってできているんだろうね?』『おうちにあるものでできないかな?』と問いかけてみたり、一緒に材料を探しに行ってみたり。インターネットで何でも手軽に買える時代だから、手を動かしてものを作る体験には、特別な価値があると考えています。例えば車が好きな子なら、まずミニカーを買うのではなく、一緒に散歩をしながら車庫や駐車場を見に行くのも楽しいですよ」

さらに齋藤さんは、「新聞紙を丸めてガムテープでとめて、手作りのボールでサッカーをしてみる。そんなふうに一緒に楽しむ時間こそが、子どもの物語をよりふくよかで豊かなものにしてくれるはず」と語ります。その体験には、大人にとってもどこか懐かしく、楽しいもの。一見無駄に思えるような時間の中にこそ、子どもと同じ目線に立ち戻るきっかけがあると考えているそう。
「もちろん、親御さんも忙しいと思います。だからこそ、自分の好きなものと繋げて、無理なくできるところから考えてみてください。料理が好きだったら一緒に料理を作るとか、器を集めているならお気に入りの器でプリンを食べ比べしてみるとか。特に幼児期は、親御さんが『自分も楽しい!』と思えることを親子でやってみると、子育てもぐっとおもしろくなると思います。子どもって、今を一緒に大切にしてくれる大人のことが大好きなんです。そして、自分が大切にしていることを大切にしてくれる人に出会えたとき、その人のことを信頼できると思うんです。信頼できる人がそばにいることで、子どもの心と体は、健やかに育っていく気がします」
「いろんな体験をしてほしい」その前に立ち止まって考えたいこと
「子どものために、たくさん自然体験をさせたい」「早いうちから英語を習わせたい」など、わが子の成長を願うあまり、いろいろな体験をさせたくなるのは、親として自然なことだと思います。けれど、その気持ちがどこから来ているのか、一度立ち止まって考えてみてほしいと、齋藤さんは話します。
「ワークショップや体験、習い事など、内容がその子と相性がよければいいですが、子どもも親自身も『疲れてないかな?』『その体験は誰のため?』と、と振り返ってみることも大切だと思います。そして、大切なのは余白の時間。ぼーっとできるような時間があってこそ、子どもの好きは育っていくのかなとも感じています。
もう一つ意識しておきたいのは、『自分が子どものころにサッカー選手になりたかったから、子どもにもサッカーをやらせたい』といったように、親御さんの希望や夢を、無意識のうちに重ねてしまうこと。お子さんの人生と自分自身の人生は、ぜひ切り離して考えてみてほしいなと思っています」
自然体験ってどうして大事なの?
また、齋藤さんは、自然とのふれあいが育む“生きる力”について、こう話します。
「室内ではいつでも快適に過ごせますが、自然の中ではそうはいきません。強い日差しや雨風、でこぼこの道など、思いどおりにならないことばかり。だからこそ、自分で考え、工夫する力が育っていくものです。こうした経験は、大人になってからもきっと役立つと思うんです。例えば、誰かと考え方がぶつかってしまったときや、理不尽なことがあったとき、柔軟に対応できる力になるかもしれません。『できない!』と決めつけるのではなく、『どうしたらできる?』と考えられる人になってほしいですし、自分もそうありたいと思います」

「もちろん、都会でも子どもはのびのびと育ちますし、無理して自然とふれあう必要はありません。ただ、自然の中だと車も少ないですし、『やめなさい!』と言う回数が減る気がします。大人もリラックスできますし、親子でいい時間が過ごせるのではないかなと思います」
「わが子について悩むことは当たり前」
齋藤さんから、子育てを楽しむヒント
「わが子に幸せになってほしい」そんな想いを抱くのは、親としてごく自然なこと。「いい子に育てなきゃ」「苦労してほしくない」と、一生懸命になるほど悩みも尽きず、「どうしてこんなに悩んでばかりなんだろう?」と不安になることもあると思います。
「完璧を目指さなくてもいいですし、『前向きに子育てしなきゃ!』と無理にがんばる必要もありません。親が揺れる姿そのものも、ちゃんと子どもに届いていると思います」
続けて齋藤さんは、「その土台があるうえで、『どうやったら家族で楽しくできるかな?』と考えてみることが大切です」と話します。

「うまくいかない日もあるし、失敗することもあるけれど、迷ったときには“子どもと一緒に楽しめるほうを選ぶ”。そう決めておくだけで、肩の荷が少し下りると思います。子どもって、いずれは自分の世界へと旅立っていくものです。だからこそ、親御さんも自分の好きなものや大切なものを持ったまま、子どもと関わっていけるといいのかなと。そんなふうに、日々を重ねていけたら、きっと子育てがもっと楽しくなると信じています」
