勉強とスポーツを両立する育て方、
親ができること
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<教えてくれた人>
浜田一志先生
土佐中学校・高等学校 学校長。元東大野球部監督。偏差値38から独自の勉強法で東大理Ⅱに現役合格。野球部に入部し、東京六大学野球リーグで活躍。東大大学院卒業後、新日鉄を経て、1994年文武両道を目指す部活をやっている子専門の学習塾「Ai西武学院」を開業。2013~19年まで東大野球部監督を務める。2023年4月に母校である土佐中・高等学校の校長に就任。
勉強とスポーツの両立が大切な理由とは?
子どもにとって文武両道が大切な一番の理由は、身体と脳の発達がリンクしているからです。そのため、成長期の間、勉強だけ、またはスポーツだけに偏ってしまうと、両者の発育にとってマイナスになってしまいます。身体と脳の発達のために、文武両道は大切なのです。
さらに、10歳を過ぎると、文武両道はより重要になってきます。というのも、子どもにとって大切なのは、identity(アイデンティティ)を育むことです。identity(アイデンティティ)をかみ砕いて言うと「自分の得意なことを見つけて、人生をどう生きたいかをつかむ」ということ。勉強とスポーツの両方を経験することで、得意なことが見つかり、将来につながる目標もできるのです。10歳以降の文武両道の経験は、子どもの得意なことを見つけるための手段だと思っています。子どもの可能性や夢中になれること、人生を豊かに生きていくための武器を見つけるためにも、文武両道を意識するといいでしょう。
文武両道の子どもに育てるために親ができることは?
子どもにとって文武両道が大切だとわかっても、「どうせ私の子だから勉強は苦手だと思う・・・」「親も運動神経がよくないのだから、どうせわが子にスポーツは無理だろう・・・」と、思ってしまう方がいるかもしれません。親が「どうせ・・・」というレッテルを貼ってしまうと、子どもの可能性ややる気を潰してしまいます。文武両道の子どもに育てるために、まずは親が「どうせ・・・」というレッテルを剥がしましょう。
親御さんができることは、子どもが本物に触れる機会をつくることです。どの分野でも、本物には人の心を動かすパワーがあり、本物に触れることで、子どものやる気につながります。サッカーや野球をやっている子であれば、プロの試合を見に連れて行ってあげましょう。また、子どもがよいお手本を見つけられるようサポートすることも大切です。夢のような遠い存在の人ではなく、コーチや先輩など身近な存在の中でお手本にしたい人に出会えると、子どもは目標が明確になっていくと思います。
一流選手と勉強ができる人の共通点は、姿勢がいいこと。背骨は脳を支える重要な役割をしています。日頃からお子さんの姿勢を気にかけ、猫背になっていたら「背筋をまっすぐに」など声をかけたり、親がきれいな姿勢のお手本を見せてあげることです。
勉強とスポーツを両立し、子ども自身が努力を続けられるようにするには、習慣になる日常を親がつくってあげられるといいでしょう。夕方4時~6時がサッカースクールなどと決まっていれば、それが習慣になるということです。低学年のうちは、親が「何時から何時までは、リビングで宿題をやる」「外で遊ぶのは何時まで」などと環境と時間を提供することで、習慣になると思います。
また、日頃から子どもをよく観察することも大切です。そうすると、何が得意で、どんな時に集中するのかがわかってくるためです。とはいえ、忙しい日常で、しっかり子どもを観察するのは大変・・・という方は、子どものノートを毎日見せてもらうのもおすすめ。筆圧や筆跡から「眠い中でもがんばったんだな」「遊びたいから急いで書いているのかな」など、子どもの心理状態がわかるようになると思います。子どもの心境や変化を把握しておけば、勉強やスポーツに対するモチベーションの浮き沈みにも気づいてあげることができるのではないでしょうか。
子どものモチベーションを維持するほめ方
子どもは「できたことをほめられる」の繰り返しが、「上達したい」というモチベーションにつながっていきます。それが低学年のうちはより顕著ですので、タイミングを逃さず「すごいね!」「さすが!」「えらいね!」など、勉強、スポーツにおいて、たくさんほめましょう。できなかったことではなく、できたところに目を向けてほめてあげることが大切です。例えば、10問の問題のうち5問できたとしたら、その5問をほめるといいでしょう。低学年の場合、ドリルなどで間違えてしまうとモチベーションが下がってしまうこともあります。例えば計算ドリル10問を一気に解いて間違えてしまう時は、まずは5問解いてみるなど、細かく区切ってみるといいでしょう。
10歳を過ぎたあたりから、単純なほめ言葉では通用しなくなったり、親よりも友だちに「すごいね!」と言われるほうが影響を受けるようになってくるでしょう。同じ目標を持つ仲間から言われると、なおさらです。評判のいい先生、コーチがいる環境では、仲間同士でほめ合って切磋琢磨する環境ができあがっているケースも多いと言えるでしょう。
高学年以上になると、勉強もスポーツも、努力をしていてもなかなか上達しない・結果がでない「潜伏期間」も経験するでしょう。子どもは、ここでモチベーションが下がってしまい、挫折したり嫌いになってしまいがちです。ですので、この時に親は、微々たることでも「成長しているよ」といった声をかけてあげることが大切。その際、ただ漠然とほめるのではなく「漢字が前より覚えられているよ」「水泳のタイムが〇秒も速くなっている」など、具体的な成長にフォーカスして、前向きな気持ちになるような言葉をかけてあげるといいでしょう。また「上手くなるには、浮き沈みは必ずあるから続けることが大切」と伝えてあげることも大切です。
読書は勉強とスポーツの両立において一石二鳥
スポーツをするうえで重要な「動体視力(動くものを見る視力)」。私が東大野球部で監督をしていた時、部員の動体視力を測ると、野球エリートと言われる私立の六大学野球部の選手に劣らない数値が出たのです。子どもの頃から野球をやっている選手が多い六大学野球部の選手と、野球経験の少ない東大野球部員の動体視力は、さほど変わらなかったということです。
その理由は、東大野球部員たちは、子どもの頃からたくさん本を読み、速く読む習慣があるからだと思いました。ですので、子どもたちはたくさん読書をして、なるべく速く読むようにすれば、動体視力の向上にもつながっていくでしょう。もちろん、本を読むことは学力の向上にもつながりますので、読書は、文武両道にとって一石二鳥の方法だと言えるのではないでしょうか。
子どもが読書を習慣にするためには、子どもと一緒に親も読書をしたり、親が本を読んでいるところを見せるのもいいでしょう。
時間の使い方の秘訣は「753(しちごさん)の法則」
最後に、勉強とスポーツを両立するための時間の使い方「753(しちごさん)の法則」についてお伝えします。
「753(しちごさん)の法則」とは、1日24時間のうち、睡眠や食事、入浴など生理的に必要な9時間を引いた残りの15時間を、勉強に7時間、スポーツ(部活)に5時間、フリーに3時間を分配するという法則です。
この法則は、東大野球部員たちのアンケートに基づいていて、彼らは高校時代に、学校の授業も含めて勉強7時間、部活動(身体のメンテナンスや移動時間なども含む)に5時間、フリーに3時間という時間配分で、毎日を過ごしていたのです。
勉強時間には、学校の授業時間も含まれるので平日は、それほど大変ではないと思います。ですが、東大野球部員たちは、土日も平均7時間は机に向かい、さらに部活引退後は、部活動だった時間も勉強に充てていたようです。
ただ、この法則は高校生を対象としているので、今後の参考にしていただければと思います。
小・中学生の場合は、睡眠や食事、入浴などの生理的な時間が12時間程必要になるので、勉強6時間、スポーツに3時間、フリーに3時間という分配で考えるといいかもしれません。
サッカーと勉強の両立を妥協しない!
元日本代表に聞く文武両道の秘訣
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<教えてくれた人>
橋本英郎さん
ガンバ大阪ジュニアユースからガンバ大阪ユースを経て、1998年にガンバ大阪に入団。府内でも有数の進学校・大阪府立天王寺高等学校から大阪市立大学経済学部に進み卒業。ヴィッセル神戸やセレッソ大阪、東京ヴェルディなどでプレーし、2023年1月現役引退。日本代表としても国際Aマッチ15試合出場。2012年にプエンテFCスクールを開講し代表に就任。
公園でサッカーばかりをしていた小学生時代
僕がサッカーを始めたのは、小学1年の時。クラブチームに入り、6年の頃には、週1回、近所のサッカースクールにも通うようになりました。公園でサッカーばかりしている毎日で、成績は算数と体育だけがよく、他は真ん中のレベル(笑)。父親からは口癖のように「勉強しなさい」と言われていました。
僕は3人兄弟の末っ子で、兄が6歳上で姉が3歳上。兄は、中学時代に釜本FC(後にガンバ大阪ジュニアユースに統合)というチームでサッカーを、姉はバレーボールを続けながら、共に大阪府立天王寺高校に入ったんです。小学生の頃から、文武両道の見本が目の前にある環境だったので、僕自身も中学に進んだら勉強とスポーツを両立していくんだろうと漠然と思っていました。
練習と塾が重なる日は、塾を優先
中学からは、兄が通っていたガンバ大阪ジュニアユースと塾を行き来する生活になりました。ガンバ大阪ジュニアユースは、元サッカー日本代表の稲本潤一選手などもいるハイレベルな環境。みんな僕より上手くて、一緒にプレーするのが本当に嫌でした。練習場までは電車で片道1時間、練習は週に4日。塾にも週2日通っていました。中学1年の頃は、練習に行きたくなくて、練習と塾が重なる日は塾を優先することが多かったですね。兄や姉からは「授業を大切にした方がいいよ」と言われていたので、学校の授業はとにかく集中していました。
ガンバ大阪ジュニアユースのハイレベルな環境が辛く、サッカーを辞めたいとは思っていなかったものの、モチベーションは下がっていたんです。そんなある時のこと。僕以上に練習に参加できていない子に対し、コーチが「彼は塾に行って練習には来ないけど、上手いから試合に出す」と言っていたのを友だち伝いで聞いたんです。僕自身も塾に行って練習を休んだりはしていたのですが、それでも自分なりに頑張って通い続けていたし、その子のサッカーレベルが僕よりも上だとはどうしても思えなかったんですよね。そのことがきっかけで「見返したい」と自分の中でスイッチが入って、これまで以上にサッカーに真剣に取り組むようになりました。コーチに「これをやることが大切」と言われたことは、貪欲に吸収しましたし、「続けていけば上手くなれる」と信じて、周囲が10回やっていたことを僕は15回はやっていたと思います。
偏差値75の進学校に合格できた理由とは?
土日は試合の後、地元の公園でやっていた社会人の草サッカーに参加していたんです。そこでのサッカーは本当に楽しくて、僕にとっては“オアシス”のような場所でした。
大会で勝ち進んだこともあり、サッカーの練習は中学3年の12月までありましたが、勉強は疎かにせず、塾にも通い続けていました。サッカーの練習がなくなった後は、受験勉強の合間に毎日のように公園に行って1時間くらいボールを蹴っていましたね。偏差値75の進学校に合格できたのは、授業を大切にして基礎がしっかりとできていたことと、勉強の合間にボールを蹴ることで「オン・オフ」の切り替えができて、より勉強に集中できたからだと思います。
母からはサッカーのことも勉強についても、何か言われたことはないんです。逆に、何も言われなかったのがよかったと思っています。中学3年の頃、ガンバ大阪ジュニアユースの練習場所がさらに遠くなり電車で1時間半程かかるようになったので、練習が終わる頃に母が車で迎えにきてくれ、そのまま塾に行くことが多くなりました。車中で母が作ってくれたおにぎりを食べて、そのまま寝て、起きたら勉強して。移動時間が短くなっただけでなく、車中で体力が回復できたので、時間の効率も上がったと思います。
「オン・オフ」を切り替えることで、勉強とスポーツが両立できるように
高校時代は学校とガンバ大阪ユースでのサッカーとを両立する生活に。勉強のレベルが急激に上がったので、中学の時のように授業に集中するだけでは全然追いつかなかったです。練習場まで電車やバスを乗り継いで1時間半程かかったので、移動時間を「勉強の時間」と「寝る時間」に分けて費やしていました。学校の休み時間も同じで、勉強するか寝るかでしたね。午後10時過ぎに帰宅して、それから30~45分は勉強、11時半に寝て、朝7時に起きるというサイクル。とにかく時間がなかったので、限られた時間をどう使えば効率がいいのかを考えるようになりました。高校3年まではプロになれるとは全く思っていなかったので、目標は推薦で大学に行くことと決め、日々、勉強に励んでいました。また、ハイレベルな高校の中で、みんながいつも勉強に真剣に取り組み、切磋琢磨していたので、その中で負けたくないという気持ちが常にあって、勉強も頑張れたんだと思います。
希望する大学に推薦で行けそうだと思っていた高校3年の夏、意外にもガンバ大阪からプロのオファーが届いたんです。プロ契約をすると推薦では大学に行けないことがわかり、悩みました。でも、勉強もサッカーも欠かすことなくやってきた3年間を無駄にしたくはないという思いと、両親からも「大学に行ったほうがいい」と言われたこともあり、推薦ではなく、プロ契約をして大阪市立大学経済学部を目標に受験し、なんとか合格することができました。
今振り返ると、勉強とスポーツの両立ができたのは、「厳しいサッカーの練習や勉強の時間=オン」と「サッカーを楽しめる場所=オフ」をしっかりと切り替えることができたからだと思います。だからこそ、サッカーをやっている時はサッカー、勉強をしている時は勉強と、それだけに集中することができました。また、サッカーと勉強の両立によって時間が限られた分、時間の使い方を考えるようになったんですよね。時間の無駄を減らし、いかに効率を上げるかということが、文武両道を通して身についたと思います。
子どもが将来を描けるような環境を与えてあげること
僕自身、2人の子どもを持つ父親です。今、娘は中学2年、息子は小学5年です。息子は幼い頃はサッカーをやっていたのですが、中学受験に差しかかる小学4年の時に「サッカーは続ける?」と聞いた際、「どっちでもいい」という返事だったので辞めました。僕自身はずっとサッカーをやっていましたが、子どもには無理をしてさせる必要はないと思っています。親のエゴを押し付けるのではなく、子ども自身が好きなこと、やりたいことを大切に育てたいと思うんですよね。小学生時代、僕自身が父に「勉強しなさい」と言われたのが嫌だったので、子どもたちには何も言わないようにしています。ただ、妻からは「もっと言って」と時々怒られますが(笑)。
僕の場合は兄と姉がいて、文武両道の素晴らしい見本があり、将来の筋道をつくってくれていた環境が大きかったと思います。親としては、スポーツや勉強について、いろいろな情報を集めて、子どもの将来につながるような環境を与えてあげること、選択肢を増やしてあげることが大切だと思っています。勉強とスポーツを両立するには、本気でそのスポーツを好きになれるか、また、学校の授業を大切に勉強することが何よりも重要だと思います。勉強もスポーツも友だちと切磋琢磨し、「負けたくない」という気持ちが原動力になるのではないでしょうか。
いかがでしたか?前編では、勉強とスポーツの両立を実現した元サッカー日本代表・橋本英郎さんの体験談を通して、文武両道の秘訣や得られたことをお届けしました。後編では、文武両道の子どもに育てるためのヒントをご紹介します。