元オリンピック選手に聞く
陸上で培われる力、スポーツの魅力とは?(後編)

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元オリンピック選手 伊藤友広さん
伊藤友広さん
国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体(少年の部)400mで優勝。法政大学進学後、アジアジュニア選手権の日本代表に選出され、400m5位、4×400mリレーで優勝し、国体(成年男子の部)400mでも優勝を飾る。アテネオリンピックでは4×400mリレーに出場し、4位入賞を果たす。現在は、元200メートル障害アジア最高記録保持者の秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を主宰し、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。http://001sprint.com/


自分で考え、解決する力がついていく

陸上は、基本一人で走るので、誰にも邪魔されない、自分の身体のみで競うスポーツです。そのため、自分の身体をどう扱えるのかが重要になってきます。そして何より、勝っても負けても、その原因はすべて自分にあるということ。だからこそ、どんなことも自分事として捉え、解決する力がついていくと感じています。

実は、陸上の試合では、仮説と検証を繰り返しています。1本走り終わると、スタート地点に戻る間に今の走りを振り返り、次はどう走ればいいかの仮説を立てる。それを本番で検証するという感じです。サッカーのようにプレーが連続するスポーツは、1つの1つのプレーを振り返ることはどうしても難しいと思うのですが、陸上は、1本1本を見直し、次につなげることができるんです。

よく「速く走るための特別な練習メニューがあるんじゃないか」と思われがちなのですが、学校の陸上部がやっている練習と大差はありません。唯一違うのは、意識して身体を動かしていること。それが無意識にできるようになるまで、何度も何度も反復練習を繰り返し、無意識にできるようになれば、試合で力を100%発揮できるようになるというわけです。


陸上で培われる力 伊藤友広さん

足の速さは積極性につながることも

実は、オリンピックに出場した後、怪我をしてしまい、その後は苦しい8年間でした。プロに近い活動をしていたので足の速さだけが評価軸だったのですが、足が遅くなったことによって、どんどん自信が失われていって……。何をするにも自分は駄目だと思った時期もありました。

学校現場で指導をしていると、当時の僕ほどではないにせよ、かけっこ(スポーツ)が苦手なことで、自信を持てていない子もいるように実感しています。だからこそ、子どもたちには、スポーツをすることで、もっと自信をつけてほしいと思うのです。指導した子どもの保護者からは「足が速くなったことで、日常生活でも積極性がでるようになった」という声も聞くので、足が速くなって自信を獲得することは、そうした(積極性の)部分にも紐づいているように感じますね。

でも、中にはスポーツをしたがらない子もいますよね。そういう場合は、まずは親御さんが一緒に運動をすることです。その時に大事なのは、大人が楽しそうに運動をすること。そうすれば、子どもたちも身体を動かすことが楽しいと感じるようになるはずです。

もし、お父さん・お母さんが運動嫌いならば、子どもが走っている姿などの動画を撮ってあげてください。その動画を見ながら、「こうしたほうが速く走れるかな?」などコミュニケーションもとってほしいなと。お父さん・お母さんが言った通りにしたら速く走れたとなれば、子どもは嬉しいですし、自信にもつながりますよね。


スポーツの魅力 伊藤友広さん

スポーツを続けていたからこそ、前向きに考えられるように

僕自身、指導する時は、“伴走者”であることを常に意識しています。要は主役には決してならず、必要なことはフォローする、そんな立ち位置ということです。

お子さんがすでにスポーツに取り組んでいるならば、保護者の方にも、伴走者であってほしいと思います。保護者が主体になってしまうと、自ら考える力を奪ってしまったり、「スポーツが楽しいからやりたい」「こんな選手になりたい」といった子どもから湧き出るものを阻害してしまうことにもなってしまうからです。

小学生の間は、どんなスポーツにせよ、発育が早くて身長が高い子に、小柄な子は負けてしまいがちです。でも、悲観しないでほしいのです。陸上では、小学生の全国大会で決勝に残った子が、将来日本代表に選ばれる確率はわずか3%というデータもあり、誰にでもチャンスがあるからです。

保護者の方は、小柄な子には、焦らずに努力を続ければこれから挽回できることを、高身長で今活躍している子には、身体だけに頼らない技術を身に着けることが大事だという話をしてあげてほしいと思います。

僕は怪我をしてから失敗が続きましたが、続けていく中で、その失敗も次に活かすことができれば、もはや失敗ではないと思えるようになりましたし、いろいろな角度から物事を考えられるようにもなりました。スポーツを続けていれば、前向きに考えられるようになったり、積極的に挑戦していく力もついていくものです。それもスポーツの魅力かもしれないですね。

元オリンピック選手に聞く、
幼少期にスポーツをすることで得る力とは?(前編)

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伊藤友広さん
伊藤友広さん
国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体(少年の部)400mで優勝。法政大学進学後、アジアジュニア選手権の日本代表に選出され、400m5位、4×400mリレーで優勝し、国体(成年男子の部)400mでも優勝を飾る。アテネオリンピックでは4×400mリレーに出場し、4位入賞を果たす。現在は、元200メートル障害アジア最高記録保持者の秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を主宰し、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。http://001sprint.com/


子どもが「楽しいからやりたい」と思えるスポーツ選びを

昨年末、スポーツ庁から発表された小中学生の体力テスト(全国体力・運動能力、運動習慣等調査)の結果を見ると、体力合計点は前年度より低下し、中でも小学生男子は、過去最低の記録だったことがわかります。

その要因の一つは、やはり環境ではないでしょうか。今、僕は都内の保育園でかけっこの指導をしているのですが、園庭もなく、小さな体育館程度しかないと、どうしても運動量は限られてしまいますよね。一方、園庭が小さくても、近くに大きな公園があれば、毎日散歩に行ったり、走り回ることができるものです。実際に、後者の保育園の子どもたちのほうが、運動能力が高いと感じています。

また、スポーツの楽しさを知る機会も減っていますよね。それもあって、僕は子どもたちに指導する際は、楽しさをより実感してもらえるように心がけています。陸上は、シンプルな競技だからこそ、足の動かし方を少し変えるだけでも、すぐにかけっこが速くなったり、きれいに走れるようになりますし、自分の体が前に進んでいくような、新しい身体感覚を得ることもできるんです。その感覚は、子どもたちはもちろん、大人でも楽しいと感じるものです。

スポーツにはいろいろな楽しさがあるので、親御さんは、わが子にどんなスポーツをしたいかを聞くよりも、まずは体験させてあげて、本人が「楽しいからやりたい」と思えるスポーツを選択してほしいと思います。


幼少期のスポーツ 伊藤友広さん

スポーツは成長がわかりやすい。だから自信につながる

僕は幼少期にスポーツをすることで、子どもたちがより自信を持てるようになると思っています。というのも、スポーツは自分が成長したということを身をもって実感できるからです。例えば陸上の場合、走り方のコツをつかめば、必ずタイムが縮んでいきますし、フォームが変わったことも感じるはずです。自分自身で数字と自分の動きの両面から成長を実感できるので、わかりやすい分、より自信につながっていくというわけです。

僕自身は、小・中学生の頃は、陸上ではなく、野球をやっていました。というのも、僕の出身地(秋田県)は、村に信号機が2つしかない田舎(苦笑)。だから、いろいろなスポーツを選べる環境ではなかったんです。でも、野球をやっていたことで、空間を把握する力がついていたので、リレーのバトンパスの時には活かされましたね。

陸上は個人競技なので、陸上だけをずっとやっていると、どうしても自分本位になってしまいがちなのですが、団体競技を経験したことで、協調性も養われたと思います。


幼少期にスポーツをすることで得る力 伊藤友広さん

期限を決めて取り組めば、やり抜く力がつく

スポーツは思い通りにいかないことも多いですし、失敗や挫折もつきものです。でも、失敗するからこそ積極的に挑戦する力もついていきます。

親御さんは、わが子が試合で失敗したり、落ち込んだ姿を見たりすると、すぐにやめさせようとするかもしれませんよね。でも僕は、期限を決めて取り組んでほしいと思うのです。半年、1年と決めて、その中で目標を設定して一生懸命取り組むことが大事だと。

その中でまた失敗したとしても、子どもたちは失敗を通して学んでいくだろうし、保護者が一緒にその要因を考えたり、フォローしてあげればいいのです。期限を決めて目標にむかって取り組むことで、やり抜く力がつき、それは勉強にも活きると思います。

今、元アスリートの方にお会いする機会も多いのですが、ステキだと感じる方の共通点は、行動力があること。それは、小さい頃からスポーツを通してチャレンジと失敗を繰り返すことで「失敗するかもしれないけれど、とりあえずやってみよう」というマインドが培われたのではないかと感じています。それと、とくにサッカー選手はコミュニケーション能力が高いなと思いますね(笑)。